第十話『兵部京介の悪夢再来(ナイトメアリターン)』
悪夢は幾度も地獄を見せ付ける。
「……小…さぁ……少佐ぁッ!?」
意識が戻ったのは誰かの必死の呼び声のおかげだった。
「くそッ!! 撤退を急げ、このままじゃ、俺達は全滅するだけだ……」
開かない目蓋に感覚の無い右腕。
言う事を聞かない神経。
芯まで冷たくなった肉体。
まるで死んでいるような感覚であった。
「ヤマダ隊長とその護衛しか銃器を持ってきてないんだ! 下手に抵抗しようと考えるなよ、足止めして逃げに徹するんだ」
そう声を張上げたのは真木司郎。
防弾ベストにベレッタを装備し、迫ってくるはずの追跡者に備えていた。
「状況、は……?」
酷くしゃがれた声しか出ない。
首の骨にひびが入り、喉周りがズタズタに裂かれかけた。
生体電流を操作し、リジェネートしていなければ頭と胴が泣き別れになっていただろう。
「気づいたんですか? あまり喋らないでください。少佐の身体は早急な治療が必要なんです、今は体力を使わずに」
半泣きの顔で真木が諭す。
ふと見ると半世紀付き合ってきた右腕がなくなっていた。
「腕が……いや、奴は?」
ぼんやりとした頭で襲ってきた化け物のことを思い出した。
いや、
「少佐の腕は私が持っています。時間停止能力で劣化を防いでいますから、手術さえすれば大丈夫です」
12、3才の少女が持っていた。
真木と似たような格好で防弾ゴーグルをしていた、物質への時間干渉を操作する希少な超能力を持ったエスパー。
ゴーグル越しに潤んだ瞳。
その心配する様子を安心させようと一言呟く。
「すま、ない」
死にかけたパンドラの首領、兵部京介は戦争以来まったく無かった本物の窮地に追い込まれていた。
ナルニア共和国。
希少な鉱物の産出で潤う東南アジアにある小国である。
20世紀後半に入って、レアメタルの鉱山を必要とする諸外国によって政治介入が行われていた。
王制から議会制へと政治が変化し、先進国からの支援によって近代化が急速に進んでいる。
ただ、目まぐるしい変化によって旧体制から新体制への移行に乗り遅れたものや外国からの干渉が強い政治に反発したもの達によるテロも多い。
その事件も表向きはそういったテロ組織のよるありふれた誘拐事件だった。
(……僕がちょっと別荘に籠もっている間に先の読めない馬鹿達が騒いだか)
兵部京介はパンドラのエスパーを率いて、とあるテロリストのアジトを強襲していた。
21世紀に入り、急激にエスパーが増えたことで超能力者組織パンドラの規模も拡大していた。
超能力者を統べる女王の生誕から3年、20世紀では諸外国を含め1万人程の構成員がいたパンドラだったが、いまやほぼ2倍。
現在の超能力者の増加速度から考えると女王が戦争するくらいにはパンドラの人員は今の10倍くらいになるだろう。
「しかし……人が増えれば活動も大きくなって目立つ。だから僕が囮になってBABELの目を引きつけていたって言うのに……」
始末した元パンドラの幹部の死体をパイロキネシスで一気に焼き尽くす。
ごぉっと黒い炎が死体を包み、炎が治まると塵芥しか残っていない。
自身を追い続けていたBABELの管理官蕾見不二子に捕まって事を利用して、パンドラそのものを隠そうと企んでいた兵部だったが、組織から離れたことで厄介な問題も起きていた。
「ふぅ、手間取らせて……やっぱり急激な増加によって組織内の不穏分子も増えた。前から僕だけでは従えることが難しいとは分かっていたけど」
今、証拠隠滅したのはパンドラに最近入ったテロ屋上がりのエスパーで報酬次第でどんなことでもするタイプの男であった。
かなりの超度の持ち主で動物の死体を媒介にした擬似蘇生能力の持ち主だ。
100を超える人間の死体を同時に操り、コントロールする数が少なければ少ないほど生前と変わらない状態で使役できる。
その能力を生かし、傭兵として敵味方に恐れられていた人間だ。
この男が潜んでいた戦前の基地施設には無数の兵士の死体が掘り起こされ、手足として使われていた。
「付き従っていた連中はまだ戦闘中かな……後始末をしたらさっさと撤収しないとね」
兵部が組織から離れた後、一部のエスパー達が独自に行動し始めパンドラのコントロールを離れていた。
元々兵部に従うというよりパンドラという組織その物に価値を見出した人間達である。
特に超度の高いエスパーにその傾向が強く、兵部という歯止め役が消えるや否や独自の思惑で動き出した。
自分の欲望を満たすもの、組織の力を使って金を集めるもの、独自に新しい組織を立てようとするもの。
始末された男の一団はナルニアにあるデベロッパー会社に勤める日本の邦人達を拉致、ナルニア、日本、デベロッパー会社から巨額の身代金を請求していた。
「別に普通人の家族がどうなろうが知ったことじゃないけどさ……こんな目立つことして、パンドラの組織が露見するデメリットを考えてなかったのか」
わざわざ日本のBABELに兵部が身を寄せているのは急速に拡大していく組織を普通人側に悟らせない為である。
単純なマンパワーが足りないパンドラにとって事を起すまで当局に目を付けられないことが一番重要だったのだ。
それを無視して金儲けに走った馬鹿共に頭が痛かった。
恐らく、エスパーの解放やパンドラの理想などどうでもよかったのだろう。
「これから、ああいった手合いの始末が増える……」
兵部はぼやきながらもパンドラに繋がりそうな証拠を始末すべく、書類やパソコンのデータをデリートし始める。
その途端、
『少佐ですか!?』
仲間からのテレパシーが届く。
「ん? こっちの粛清は終ったよ」
気だるそうに兵部は応えた。
単純に疲れていただけだ。
日本からナルニアまで一気に移動したので時差や気候の違いで体内時間の調整が追いついていない。
またテロの主犯がそれなりに抵抗したので、体力も消耗している。
怪我こそないがこれからの隠蔽工作の手間を考えて気分が落ち込む。
『拙い事態が起きました。ナルニア政府の特殊部隊と横島都市開発機構が雇ったGSが合同でこの場所に強襲して来ました』
「……人質の所在はまだ判明していないだろう? この基地に居たのは裏切り者達と操っていた死体だけだったはずだ……」
この事件は日本を始め先進国で大きく報道され、人命優先という世論が叫ばれている。
国際的な立場の弱いナルニア政府や誘拐された邦人の勤め先も誘拐されている人間の安全を第一に考えていた。
ナルニア政府がテロリストのアジトに強襲をかけるのはそれが出来てからだろうし、兵部達の得た情報では当局はまだテロリストのアジトを特定はしていなかった。
『恐らく、別の場所に捕らえられていた人質達が見つかったのではないでしょうか? そこからこの場所がもれた……人質の存在さえなければこういった強硬手段も取れるはずです』
パンドラの方でも誘拐された人質の所在はまだ掴めていない。
正確には今強襲しているアジトにいると考えていたので捜索していないのだ。
そもそもパンドラにとって自分たちの存在を隠すことが大切な為、普通人の人質達への安全など二の次である。
イレギュラーな事態に若干兵部は考え込み、
「嫌なタイミングで踏み込むものだな。僕以外に何人来ていたかな?」
これからの指示を出そうと兵部が尋ねるも。
――――キュィィィィィィンンン――――
「……僕の耳にノイズが聞こえるな。ナルニア軍がECMでも持ち出したか?」
テレパシーが途絶えた。
超大型の分析器に入れられた装甲片。
それにつながった作業用のパソコンにはアンノウンの文字が並ぶ。
幾つもの光学分析が行える機材でもその装甲の情報を得ることは出来なかった。
「……オカルト的なコーティングをされとるようじゃな」
そう呟くのは長身の白人。
黒いマントに杖をついた、矍鑠とした老人だった。
「Drカオス、これの分析はどうしますか」
皆本光一は目の前に居る錬金術師にして科学者というヨーロッパの魔王と呼ばれる男に意見を求めた。
「半ば予想はしとったがBABELの計器では測定はやっぱり無理じゃったからのう……今、マリアを東都大へ使いに行かせとる」
1000年生きた学問の徒は皆本へ視線を向けた。
サンプルの分析情報や比較対象のデータを何度も覗き込み、ノートに推論を書き込んでいる。
生真面目そうでいかにも模範的な研究者といった皆本の様子ににんまり笑う。
「あっちから機材を持って戻ってくるまで少し時間が掛る。お主、何も食べておらんようだな。休憩がてら一緒もメシでも食いにいかんかのう?」
24時間フルタイムで活動しているBABEL本部。
その食堂も勿論24時間営業している。
「しっかし、ここに来るとタダメシにありつけて嬉しいわい。しかも食べ放題で味もいい」
手馴れた様子で割り箸を割り、ラーメンをすするカオス。
研究協力の報酬の一つに食堂の永久フリーパスを貰っている。
「Drも頻繁にこの食堂を利用しているんですか?」
「ズズ……まぁな。時たま研究所のほうに用があった時に寄らせてもらっとる」
食堂は午前4時だったこともあり皆本とカオスの二人しかいない。
あまり周囲を気にせず会話が進む。
「しかし、Drカオスがこちらにいらっしゃっていたとは僕らにとって幸運でした」
皆本はラーメンを食べているカオスに頭を下げた。
「なに、偶然じゃよ。偶然」
Gメンからの会議が終わり、そのまま破壊された魔法兵鬼のサンプルを持って研究室に直行した皆本。
BABELのスパコンと直結した分析器を使おうとした時、ついうっかり近くの椅子で寝ていた老人を起してしま
ったのである。
平謝りする皆本の顔にカオスが興味を覚え、
「お主が持ってきた装甲片に妙な見覚えがあったから、つい気になって付き合おうと思っただけじゃよ」
「いえ、オカルトにはそれほど詳しくない僕にとってDrの助力はなんともありがたいんです」
なし崩しに二人での調査にもつれ込んだ。
「う〜む、一般的な科学分析に対して高度な隠蔽魔術をかけておったようじゃな……恐らく、分析対策と言ったところか」
「物理的強度も異常に高かったようです。犬塚GSの剣術によって断ち切られましたが、通常兵器では凹みすらできないでしょう」
食事を取りながら、お互いの意見を交換する二人の研究者。
年は10世紀ばかり離れるも感性に近いものがあるのか話はスムーズに運んでいく。
議題もなかなか謎がありそうな装甲板。
ポンポンと言葉のキャッチボールは進む。
「以前、BABELの作業用アンドロイドの作成で、Drの開発した合金のサンプルを拝見しましたが、今回の魔法兵鬼から改修された装甲は極めて近い性質を持ってます」
BABELのアンドロイド開発に関わっていた皆本はカオスが提供した素材のことを口にする。
現代の超合金より一段どころか三段ばかり上の金属であった。
BABELの技術ではアンドロイド量産に使えるほど素材の調達ができなかったため採用が見送られているが、試作に作った超能力者支援用汎用アンドロイド『メカ皆本ハーマイオニー』の基本フレームに使用している。
(あったサンプルは使い切ってしまったのは勿体なかったなぁ)
現物はその場のノリで自爆させてしまったのを未だに皆本は悔やんでいる。
「マリアの装甲合金のマイナーチェンジ版のことか? 場所代がわりにくれてやったもんで性能よりコストを取った半端な奴じゃな」
「あれで半端なんですか……カタログスペックでは現行の合金でも出せない高性能な代物だったんですけど」
「ふふん。うちのマリアに使っているのはデータの上ではアレの3倍の強度があるぞ」
カオスの娘たる人造人間のマリア。
600年前から起動し今も日夜改良を加えられている最古のアンドロイド。
マリアのシステムに魔法や錬金術を使用しているがそれ以上に科学技術、それも現在よりも高度な物を使用している。
(僕が彼女と同じくらいの人造人間を作るとしたらどれだけの技術と時間がいるだろう?)
中世にほぼ一人で完全自立型アンドロイドを作成し今だにその分野で最先端を突っ走っている。
10世紀は先を見通している理論とそれを可能にする技術を持つヨーロッパの魔王。
皆本からみればDrカオスという科学者は全てにおいて自分の先達にあたる人物であり、いつか越えたいと考えている偉人であった。
「……まて、そう言えばバベルに渡した装甲はテレサの装甲用に開発していた量産用のものだったはず」
「Dr?」
懸命に何かを思い出そうとしていたカオス。
「すまん、若いの。少し、昔のことを思い出しておった」
マントの裏から手帳を取り出した。
ぺらぺらとめくる。
スケジュール帳らしく、そこに書き込まれた日付を入念に調べた。
「確か、横島のとこの小娘があれの改良版を作っておったはず……その時に使った資料はたしか厄珍にくれてやった……」
もっとも最近自分の教え子になった『孫娘』
色々と筋がよく、錬金術や魔術、呪術を師匠である横島のツテを使い学んでいた。
そんな少女がつい最近、お手伝い用アンドロイドを作ったといってカオスにお披露目したのだ。
どこかで壊れたアンドロイドを貰い自分好みに改修したのである。
その改修に使った技術の出所は厄珍堂にあったカオスの技術書。
厄珍から格安で譲って貰ったと喜んでいたが……
ヨーロッパの魔王は悪巧み仲間の顔を思い浮かべた。
美神令子とどっこいくらいに金に汚いオカルトグッズのブローカー。
(テレサを作った際の資料は全部厄珍の奴に渡しておった。あれだけの物、金にうるさいあ奴のことだ、安くひのめに売る前にどこかの高く買い取ってくれそうな場所に持ち込み位しただろう)
あの美神でさえ、厄珍の手腕に一目置いていた。
オカルト関係以外にも顔が広く、金さえもらえれば何だって揃えると豪語している。
取引先も善悪問わず幅広い。
カオスの予想が当たっていれば久方ぶりに楽しいことになるだろう。
(ふむ、何やらきな臭く、ワシ好みの展開になって来そうだな)
自身の好奇心に従って生きているカオスは目の前にいる科学者から騒乱の匂いを感じ取る。
(小僧と同じく、付き合うとかなり面白そうな奴じゃな)
ヨーロッパの魔王はいたずら小僧のような笑みを浮かべた。
「お前が、この基地に巣くった連中の親玉か?」
そう兵部に問いかけたのは20代前半の東洋人の兵士だった。
特殊部隊御用達のセラミックアーマーにラバースーツ。
赤いバンダナを頭に巻き、ナイフと拳銃で武装していた。
少し童顔で片言の英語で話しかけてきた。
「ふ〜ん、こんなトコまで踏み込んでくるとはね。単なる普通人(ノーマル)にしてはなかなか手際がいい!!」
これは兵部にとって紛れも無い本音だった。
ここはテログループの主犯の私室。
パンドラの情報がかなり残っており、それを全部消滅させるまで兵部はここから離れることが出来ない。
想定よりもナルニアの特殊部隊の侵攻スピードが早く、主犯が居ると思われる基地最深部まで辿り着いた人間に見つかってしまった。
(……まだか? まだ偽装情報の書き込みは終らないのか!?)
部屋にあるノートPCに差し込まれたUSBメモリ。
目の前の男の視線からそれを隠すよう兵部は立っていた。
PC内部にあったパンドラの情報を消す為のプログラムとナルニア政府に見つけさせるための誤情報を入れた偽装データ。
消されたデータを復元させても偽装データが復元され、テログループの誤情報を与えることが出来る。
パンドラの存在を露見させない為にもありもしないテロ組織へナルニア政府を動かす必要がある。
(後々の処理を楽にするためにも終るまでの時間を稼がなきゃならないな……目の前にいる男はそれにうってつけかもしれない)
とりあえず、目の前の兵士を痛めつけて催眠をかけて記憶操作、そのままデータ改ざんが終ったPCを持ち帰ってもらおうかと兵部は考える。
「一応、言っておく」
兵士は平坦な口調で告げた。
つい日本語で応えたしまった兵部だったが兵士は片言の英語から流暢な日本語に切り替えていた。
右手に握ったトカレフが兵部の身体の中心に向けられる。
「ナルニア政府はどんな凶悪テロリスト相手でも一度は投降勧告をすることを法律で定めている」
兵士の顔からは何の感情も読み取れない。
声もアナウンスじみた平坦な棒読みだった。
意図的に個人の感情を出さないようにしているようだ。
兵部は時間稼ぎを兼てゆっくりと声を出す。
「それで?」
向けられた銃はそれほど脅威ではない。
確かにECMの環境下だが兵部は念波の波長コントロールで超能力の無効化に有る程度対応できる。
一人や二人くらいの兵士なら念じるだけで簡単に処理できる。
(ここまで一人で来れるレベルの兵士か……ナルニア軍も頑張っていたみたいだけど、僕の相手には役不足だよ)
良くも悪くも単なる人間の軍隊。
エスパーとして50年以上の戦闘経験に軍人としての戦争経験。
兵部からすればこんな状況飽きるほど潜り抜けてきた。
「武装を解除し、おとなしく投降しろ……今なら裁判があって。お前が死ぬには10年くらい猶予がつく」
初めて兵士の言葉に強い感情が乗る。
投降しろなんて言っているが、今にも銃弾に殺意を込めて打ち出しそうなほどの敵意。
その兵士の目は兵部のことを今すぐにでも殺したいと訴えている。
しばし、二人の視線がぶつかり合い。
「抵抗するか? 俺はナルニア政府から超常犯罪者に対しての殺人許可を受けている」
兵士の指がトカレフの引き金にかかる。
(嫌な眼だ……こっちをまっすぐに捕らえた強い意志、僕を殺ろすことに何の躊躇いも持っていないな、この男は……)
そう思いつつ、人間が無意識に放つ脳波を感じることでエスパーかどうか悟ることのできる兵部は落胆する。
「……ここまで来るから、てっきり目覚めていない同胞かな、と思ったけど、君は違うようだ―――――」
兵部は値踏むように眺めていた兵士を鼻先で笑った。
何か妙な感じはするが目の前の男からはエスパーの気配を感じなかった。
なかなかに優秀そうな人間だっただけに残念である。
(もし、エスパーだったらなかなか頼れる仲間になりそうな気がしたんだけどね……そういえばこの男、アイツにちょっと似ているな)
目の前の兵士の背格好が戦争中に超能部隊を助ける為に戦死したとある男に似ていることに気づく。
兵部はその男にあまりいい感情を持てなかったが、死んだ後で姉がその男を思って泣き続けたのを覚えている。
生きることに誰よりもひたむきな男だった。
(アイツが生きていれば……僕はともかく不二子さんは普通に生きることが出来たかもしれなかったな……)
そんな一瞬の物思いだったが、
「投降するかどうか訊いている……する気はないみたいだな」
ぶわりっと全身から殺気を放ち、いつでも撃ち殺せるように兵士が兵部を睨む。
空気が一段と重くなり、互いの心臓の鼓動が聞こえそうなくらい雑音が消え去った。
まるで西部劇の早撃ちによる果し合い。
兵士は兵部を撃ち殺す最高のタイミングを待っていた。
「それがどうしたんだい? 超能力者でもない単なる普通人が僕を殺せるとでも?」
だが、兵部にとって単なる銃弾なんてなんの威嚇にもならない。
僅かな時間稼ぎでECMの波長を感じ、ESPに対するジャミングを無効化する。
悠々と念力を放ち、目の前の兵士を吹き飛ばせばいい。
「残念ながら僕は君のような輩には用はないんだ。その眼、昔の知り合いに似て不愉快だね……少し、寝てろッ!!」
キィンっとした音が鳴り空間が軋む。
(まあ、とりあえず、命だけは助けておくつもりだよ……君にはダミーの情報を持ち帰って貰わなければならないし……)
圧倒的な破壊力を持つ念波を放つ。
空間が歪んで見えるほど、物理的な破壊力を持つサイコキネシス。
もしもこれをまともに受ければ人間の身体など一瞬で砕き千切れるだろう。
そんな一撃が兵士を襲う。
「これを……あんな子供に使ったのか?」
兵部は一瞬、目の前の光景を認められなかった。
「なッ!?」
最低限死なないように加減しておいたサイコキネシスだったが、それは兵士にぶつかる直前、小さなビー玉のようなものから放たれた光によってその場に押しとどめられていた。
念動波という不可視のエネルギーが歪んだ空間を通して確認できるという奇妙な光景。
兵士を守るように発現した光の壁。
「まだこの国の人間のやった事件なら認めることは出来んが納得はできた」
憤怒。
兵士が一歩兵部に近づく。
「確かに強力なサイコキネシスだが、今の俺には届かん」
侮蔑。
そこで兵部はついさっきまで知り合いに似ていると思っていた真の理由に思い至った。
(そうだ、あの男の……霊能者特有の気配だ。この兵士から感じていたのはあれをもっともっと強くしたような濃密なッ!?)
浮かんだビー玉に『防』『守』『堅』『硬』などの文字が浮かび、それぞれが共鳴し合い強力な防御結界を形成する。
ガンッ!! ゴンッ!! バンッ!!
兵部は反射的に念動によって周囲の家具を動かしてぶつけるも結界によって防がれた。
(拙い!? 前提を見誤った……この男はナルニアの兵士ではなくデベロッパー会社が雇ったGSか!! 途中で切れた通信で言ってたGSはこいつだったのか!?)
詳しい情報を聞きそびれたことに今更ながら後悔する。
霊能者というイメージとはほど遠い目の前の男の姿からすっかりと勘違いしていたのだ。
(エスパー相手なら念波や超能力発動がする予兆である程度攻撃手段がわかるけど……)
戦後以来霊能とはほとんど無縁。
しかもGSという新時代の霊能者を相手にしたことは今まで無かった。
そんな兵部の焦りを知ってか知らずか、
「さぁて、俺の手番(ターン)だ」
嬉々。
落ち着き払った様子で自身の攻撃を宣言する。
兵士、いや一人のGSは右手で銃を構えたまま、左手から霊波刀を生み出す。
碧く鮮やかで透き通った美しい光の束。
陽光を一点に集め、刃にしたような輝く霊波刀。
そこから放たれる強烈なエネルギー。
(なんだ、あの霊波刀は!?)
反射的にそれに向かって兵部は念力を打ち込む。
それと同時に相手の視線に合わせて催眠を試みた。
「くッ? 念波が防がれて届かないだと!? ヒュプノも効かないのか!?」
またも結界による防御によって物理的な攻撃が防がれ、視覚催眠によっての攻撃を仕掛けるがまったく効果が無い。
また一歩、GSが兵部へと近づく。
「急速に発展し社会形態が変わることに対してのテロだったらほんの少しだが認めたかもしれない」
共感。
よく通る、中性的な声。
兵部に問うのか自分に問うのか、何かを確かめようとする響き。
「なに、ブツブツ言っている!?」
思わず、兵部は聞き返す。
返答によってほんのちょっとでも時間を稼げればいい。
(別にここで戦う必要は薄い。残されたデータの書き換えが終るまで適当に相手を――――――)
そんな兵部の思考は強制的に切り落とされた。
「まずは切り落すぞ、あの娘と同じようにその右腕を……シャァァァッ!!!」
憎悪。
GSは歪な笑み……どす黒い怒りに染まった狂笑とともに兵部の右腕を切り落とした。
「あぁぁぁッッッ!?!?!? ……キ、貴様ァァァ!!」
返答どころか反応すら出来ない速さで兵部の腕を切り落としたGS。
切り落とした兵部の腕を捨てられた空き缶を蹴るかのように蹴っ飛ばして、
「ガタガタ啼くな。右腕一本ぐらいで……お前たちが玩んだ女の子なんてもっと手ひどく腕をもがれてたぞ?」
殺意。
笑顔にも見える殺意に満ち満ちた表情。
「……!?」
兵部には物覚えの無いことを言う。
(一体何のことを言っている?)
痛みより、GSの言葉の内容に意識が向く。
「人質の無事を謳って金をせびって、殺して嬲って辱めて……お前がこのクソ馬鹿どもの親玉だな」
納得。
もう一度だけ自身の意識に刻むかのように兵士は言い切った。
喋り終えると同時にトカレフの銃口から火が吹く。
パンッ!
右手のトカレフが傷口を押さえていた少年の左手の甲を打ち抜いた。
「く、がぁ!!」
(おかしい? ECMの効果を無効化しているのに念力が発動しない!? なんだ、この部屋に満ちた異様な気配は!!)
銃弾に合わせた生んだはずのバリアーは発動しなかった。
つい先ほどまでは防がれはしたが発動はしていた超能力。
兵部は追い詰められた所為で思い浮かばない。
会話で時間稼ぎを試みたのは兵部だけではなく目の前に立ってGSも同じだったことに。
「ガキくさい見た目だが中身(たましい)は爺か……霊視(みた)感じそれなりに永く生きてたんだろ? さんざん好き放題したみたいだし、もう悔いは無いだろ?」
「なんでだッ!? なんで超能力が使えない? バカな、僕にはECMなんて効かないはずなのに!?」
種の分からない手品、それによって自身の最大の武器である超能力は無効化された。
久方ぶりに味わう正真正銘の死の匂い。
まだ幼い少年だった頃以来無縁だった殺されることへの恐怖。
兵部にとって不幸だったのは敵対しているGSがただ八つ当たり出来そうな相手を見つけ、思うのままにその怒りを発散さようとしただけだったこと。
「だから喚くな、キャンキャン五月蝿い」
兵部の腕を切り落とした霊波刀が鋭い爪のついたグローブ上の物に変化する。
ヒュンとした音と共に兵部の首にそれが絡みつく。
「がぁ、がぅ……アアアアアァァァァァ!!!!」
マジックアームのように伸びたそれが兵部の首を持ち上げ、捻り切ろうと絞めつけた。
兵部の穴の開いた左手がグローブの表面を掻き毟るが弾かれる。
意味の無い行為だと理解もしていたが今出来るせめてもの抵抗はこれくらしかなかった。
無駄な足掻きを続ける兵部にGSは謳うように告げる。
「お前にゃ……訊かなくちゃいけないことが色々とあるんだが、まあいい。死んでから聞き出せばいいからな」
豚や鳥をシメるような淡々とした様子。
この男にとって兵部という人間を殺すことは家畜を殺すことと同レベルに近かった。
首に掛っていた圧力が消え、どさりと兵部は開放された地面に倒れこむ。
(まずい、このままだと、殺される……嘘だろ、まだ、クイーンを目覚めさせてもない、パンドラを作って間もない、まだやらなければいけないことが―――――!?)
消えかかっていた意識がその衝撃で戻るが、
「とりあえず、お前らが拉致して殺して辱めた人間達に―――――」
グローブがまたしても霊波刀に切り替わり、ダメージが大きすぎて身動きできない兵部の首に突きつけられた。
そのまま、罪人の首を撥ねる処刑人のように霊波刀を構える。
「―――――土下座って謝ってろ。あの子達が三途の川を渡る前になッ!!」
(ダメだ……僕は、ここで死ぬ……)
迫りくる死神の刃に兵部京介は己の死を悟った。
ベットから跳ね起きる。
「……最低最悪の目覚めだね」
痛む頭を押さえながら兵部京介は悪夢から抜け出した。
全身には嫌な汗が流れ、無理やり持たせてきた肉体は酷く疲労していた。
「夜中まであの男に対する扱いを考えていた所為だな……まだ心臓が痛い」
激しい動悸に痛みを感じ、今ある右腕は幻痛を訴えた。
枕元においたピルケースからいくつかの錠剤を取り出し、そのまま飲み込む。
超能力で無理に維持してきた肉体である。
全盛期の能力を維持し続けるには強い薬剤を定期的に摂取する必要が出来ていた。
それに精神的な負担も多く、精神安定剤などもいくつか処方されている。
「皆本の奴もムカつくけど、アイツに比べればマシだな……」
薬を飲み終え、体を蝕む悪夢の残滓から一息ついた兵部は世界で一番嫌いな人間の顔を思い出した。
破壊の女王達の心を掴んでいる普通人皆本光一。
兵部にとって出来うるものなら殺したい奴のトップ3の一人。
軍人時代の上官にどことなく似ている、姿かたちからして不快な人間。
それでも、
「横島忠夫……奴に関わらなきゃもうちょっとマシな身体でいられたのに」
止めを刺される直前、兵部の危機に気づいたヤマダ・コレミツの介入により首の皮一枚つながった状態で命は助かった。
民間軍事会社でエスパーだけでなく霊能者とも戦闘経験があったコレミツによって一時的に横島を退けることに成功したのだ。
その後、重症を負った兵部が横島の追撃を逃れる際、40名のエスパーが捨石になり足止めを行ったのである。
ナルニアから生きて戻ってきたのは兵部の他、真木司郎とヤマダ・コレミツの二名だけ。
全員が超能力を封じられた状態で横島に挑み、文字通り命を投げ捨てた。
薄れた意識に残っているのは自分の名を呼びながら死んでいった仲間の声ばかり。
「悔やんでも仕方ない。そもそもあの事件に関してあっちからすれば殺されても当然の人間、最初に投降を断った相手に情けなんて要らなかったんだから」
10年前にパンドラの一部が起した邦人家族の拉致誘拐殺人事件。
それの結末は解決した横島も始末した兵部にとってもろくでもない終り方だった。
「誘拐された連中には本当に悪いことをしてしまったな……いくら普通人とはいえ、あそこまで死を汚されるのは僕も許せないし許さない」
身代金目的で誘拐された30余名の日本人達は誘拐直後、その場で殺されていた。
主犯のエスパーが人間の死体を操ることに長けた能力を持っていたためだった。
人質を生かすことで発生する痕跡を消し、保存や移動を簡単に行えるように最低限に加工された。
必要に応じてビデオカメラの前で生きているかのように操られたり、物言わない彼女達はテロリスト達の欲望のはけ口にされていた。
横島に仲間を殺された兵部だったがこの哀れな被害者達にはすまないと思っている。
「裏切り者の始末を優先して人質への配慮を怠ったツケを仲間の命で払ってしまった……」
後悔しても失った生命は取り戻しようが無い。
兵部達がテロリストの粛清を行う直前、横島が人質が保存されていた場所を発見し、人質の安全を守る必要が無くなったナルニア軍と共にテロリストの基地へと乗り込んだ。
その絶妙なダブルブッキングにより、テロリストの主犯は兵部によって殺され横島が兵部をテロリストの主犯だと誤認するという事態が生まれたのである。
その結果、居もしないテロリストを殲滅する為の意味の無い殺し合いが発生した。
殺した側も殺された側も何にも得ることの無い救いようのない結末。
痛みが薄まると共に明るくなった空に気づく。
「……夜が明けるな……」
部屋のカーテンから一筋の光が流れ込んでいた。
兵部はベットから身を起こし、カーテンを捲って外を見る。
「あぁ、紅い。朝日だっていうのになんで沈む夕日のように紅い? まるで、」
遮るもののない水平線は見渡せる限り紅色に染まり、輝いていた。
少し濃い色。
流れうねる真紅の海。
「いつか見た、仲間の血のような色だ」
兵部京介はこの光景が何かを暗示しているように思えてならなかった。
あとがき
一週間後れの更新申し訳ありません!
この大寒波で家は凍りつき雪に埋もれておりました。
家が雪に埋もれるなんて10年ぶりでした。
未だに車が雪から掘り出せません。
今回は兵部から見た10年前の事件の真相と皆本がカオスと意気投合です。
この話を持ってヒーロークロスポイントのプロローグは終了。
だいたいの役者が出揃い、それぞれの目的で動き出します。
皆本はもうちょっと活躍するはずだったんですが書いてるうちにだんだんと比重が下がってしまいました。
主人公なのに……
予定では来週の日曜日の更新ですが、遅れたらすみません。
レス返し
傾国の守護者さん
桑原は幽白の中でもかなり好きなキャラです。
次元刀は気円斬と並んでチートスキル。
そのうちおまけでだそうかと思います。
GNSR-SPWさん
面白いと言っていただけて幸いです。
もっと文章力と推敲力を上げてよりよいものを書いていきたいと思います。
xfailさん
兵部の死亡フラグは横島がこの世界に『存在する』ことそのものだったりします。
わりと美神さんから独立する頃からひのめを預かるまではどっぷり掃除屋の裏側にのめり込んでいたりする設定です。ルシオラの復活の手段を探りながらいろんな事件に巻き込まれ。
構想では第四次聖杯戦争参加、それでである程度のケジメをつけ、美神達の側に戻ってきた、という感じです。
ありゃりゃさん
いつも感想ありがとうございます。
ラスボスというかこの話上、無敵に近い横島から見れば単にちょっと変わった人間程度ですからね、エスパー(笑)って。
あと横島その者は依頼があり本人の意思の上で実行するシティーハンタータイプ。
また種族そのものより、やったこととその裏にある意思や組織に怒りを向ける。
この場合はパンドラの頭である兵部より組織に浸透する理念に敵対してます。
なんだかんだいって横島は平等主義者(美形と金持ち、ゲイモモを除く)
おまけ 『ひ〜ろ〜くろすぽいんと・さぷりめんと1』
とあるオトコノコ達の願い あるいは火野の災難
「……もっと強くなりたい」
そう火野カガリが呟いたことがきっかけだった。
「確かに、俺達はまだ未熟だ……」
バレット・シルバーは同意する。
ここはとある喫茶店。
通っている学校に近く。
「で、二人してどうしてそう悩んでるのさ?」
買ったばかりの『チルチル・As』のコミックを読みながらティム・トイは興味なさそうに尋ねた。
カガリとバレット、ティムは本来だったら敵同士。
パンドラとバベルの特務エスパーという不倶戴天の間柄だ。
だが、同じ学校に通いまわりがやたらと凶悪な女性陣ばかりのため、いつのまにか三人で駄弁る様な間柄になっていた。
だって下手なこというとつるし上げを食うし。
「そりゃな……俺って発火能力者だろ?」
憂鬱そうにカガリが言う。
「薫達以外にとんでもない超能力者が近くに居るだろ」
「……ああ、吾妻さんか」
「あれを見ると俺なんてさぁ、って思ったりして」
カガリの言葉にバレットがああと相槌を打った。
吾妻ひのめ。
最近関わりが出来た危険人物である。
超度7の発火能力者にしてGS。
その炎は一瞬で周囲を焼け野原にし、プラズマ化した火球で小さいビルくらいなら一撃で消し飛ばす。
低レベルエスパーに殺意を向けるだけで一撃しさせるというエスパーキラー(同属殺し)
その上彼女のピンチにはもっとヤバイ保護者が来るからパンドラの幹部でさえ手を出せない。
「お前と比べるとかんしゃく玉と核爆弾くらい違うな」
「言うなよ余計に悲しいから。俺もアイツに合うまでは能力に自信があったけど……」
比べるだけ無駄。
100年経っても追いつけないくらい差があった。
「おやおや、面白そうな話をしていますの」
喫茶店で見知った顔が居たのでひのめがひょっこり現れた。
「「「ゲェー吾妻っ!?」」」」
「そのリアクション地味にムカつくからやめて下さい、モブ三人組」
普段はエセお嬢様風の口調だが素が出ると事務的で淡々とした口調に戻るひのめ。
口調を意図的に変えているのは話す相手に冷たい印象を与えることを気にしていたからである。
素だと容赦なく相手を毒吐くのだ。
てとてと三人のテーブルのソファに座り、
「あ、すみません。ショートケーキセット一つ、会計は別でお願いします」
「ここで食べるのか?」
「別にいいでしょう。あなた達の低レベルなお悩みの相談に乗ってあげますから」
じーっと三人を絶対零度の視線で眺める発火能力者。
息の合った合いの手が癇に障ったらしい。
「なあ、手っ取り早く強くなる手段ってないか?」
罰の悪そうにカガリが訊いた。
「う〜ん、いっぱいあります……手段さえとはなければ」
にやりとモルモットを手に入れた女科学者のようにひのめは笑った。
女の子の部屋。
思春期の男の子にとってそれはある意味、聖域。
神聖にして犯すべからず。
そこは夢と希望に溢れている場所のはず。
具体的にはパステルピンクの壁紙や明るい色のカーテン。
ベットやラックにはぬいぐるみや小物が飾ってあったり……
「もう、先生だってここに連れてきたことはないんですの」
そう言うひのめだったが連れられて来た三人の表情は暗い。
「……目玉がホルマリンに漬けられてる。しかも、まだ生きてる」
「機械と生物が融合しているぞ!? あっちには鉱石から手足が生えてる!!」
「どこの悪の科学者の研究所だ……ちょっと興奮してキターッ!?」
白いリノリウムの床には人間が一人入るくらいの円筒型のプールが並ぶ。
サンプルらしい異形の物体。
時折、保管されたモノが鳴く異様な物音。
女の子の部屋ではなくそこから一番ほど遠い何処かだった。
「ここは私が錬金術とか人体実験に使用する工房(アトリエ)です……なんですか悪の科学者って、せめて悪の魔女って言ってください」
「どっちでも対してかわんないと思うけどなぁ〜」
霊能者として何かこだわりがあるのかひのめは訂正を加えたが連れてこられた側からすればどっちでもヤバイことに変わりは無かった。
ひのめは本当に改造人間くらいならしかねない女であると知っているからだ。
「まあ、それは置いといて、火野くん達は強くなりたいんですのよね?」
「許されるなら撤回したい……ここにいると悪魔を呼び出す生贄とか改造とかされそうだ」
カガリは床に書かれた魔方陣や奥にある手術台を見て震えが止まらない。
自分が安直に『強くなりたい』なんて言ったことで取り返しもつかない事態に進行している。
女の子の家に招かれ、浮かれた馬鹿をぶん殴りたい。
「それは最終手段です! ここには私が開発したオカルトアイテムがいっぱいあります。とりあえず、適当に実験だ……げふんっ、じゃなくて色々試して見ましょう」
聞き逃すには恐ろしいひのめの言葉。
家に帰る頃にはどんな状態になっていることやら。
「……ごめん、カズラ……俺、帰れそうに無い」
火野カガリは命を失う覚悟を決めた。
ごそごそとひのめが幾つか怪しげな道具を持ち出してきた。
「では火野くん、このベルトをどうぞ」
渡されたのは三つの穴が開いた大きなベルト。
「これでいいのか?」
適当に腰に巻きつける。
投げやりだがもしかしたら強くなれるかもしれないという希望もある。
(しかし、このベルトから妙な力を感じるな……)
以前ひのめの殺気によって瀕死まで追い込まれたカガリは微弱だが霊力を覚醒させていた。
そのおかげでベルトに秘められた霊的パワーを感じ取れた。
「じゃ、取り合えずこのメダルを……「待てッ!!」……誰です?」
ひのめが三つのメダルをカガリに渡そうとしたときどこからか制止の言葉がかけられた。
「おいッ! なんだアレは!!」
「人間の姿の蟷螂!?」
バレットが銃を構え、ティムは驚愕の声を上げた。
部屋にあった水槽の中にいた何かが喋ったのである。
「少年、それを使ってはいけない! それは古の王が世界を手にする為に錬金術師達に作らせた王のためのベルト」
よく見ると蟷螂を擬人化したような怪人が封じ込められていた。
その異形の声には明らかに無謀なことをしようとする人間を案じた優しさがあった。
「……おかしいなぁ? 実験で生み出したヤミーの思考は奪っていたはずなのに」
きょとんとひのめは小首を可愛らしく傾げた。
「おまえ、本当にろくでもない女だな」
だが人間としてかなり最低なひのめに思わずカガリは呟いた。
「あー、火野くん気にしないでください。一回二回使ったところでどうにか悪影響が出るようなモノじゃないので」
言い換えればそれ以上使うと悪影響があるのだ。
にこにこと赤黄緑のメダルを手渡ししようと、
「吾妻、やっぱ俺……」
怪人にすら心配されることにカガリは怖気づく。が、
「しょうがない、えい!」
ひのめは容赦なくベルトにメダル……地球に生息する様々な生物のパワーを凝縮して作った神秘のメダルを投入。
「ちょっ!? バカやめろよ!!」
「ちょっとくすぐったいですのよ」
そんな抗議もどこ吹く風。
キィン、『タカ!』 キィン、『トラ!!』 キィン、『バッタ!!!』
すばやく手に持ったスキャナーでメダルを読み込んだ。
『タカ、トラ、バッタ!!』
「何この歌?」
「歌は気にするな……」
『タ・ト・バ! タ・ト・バ!! タ・ト・バ!!!』
串○アキラボイスの歌? が工房に響き渡った。
「あれ―――?」
カガリの身体は異形の怪物へと変化していた。
「……明らかに失敗だな」
直視するのは勘弁というようにバレットが視線をカガリから逸らした。
頭部は人間サイズのタカ。
まるでエジプトの神話に出てくるホルスを思わせる。
猛禽の鋭い眼光が輝く。
「うわ、グロいしキモっ!!」
正直な感想をティムは叫ぶ。
身体は黄色いふさふさした毛で覆われていた。
最高級のトラの毛皮であり、いかにもさわり心地が良さそうで暖かそうだ。
猛獣特有のしなやかな筋肉。
「おいおい、俺の身体はどうなったんだよ!?」
カガリは異形の肉体と化した自分の姿を確認しようと近くあった姿見を覗きこんだ。
脚は節足昆虫を思わせる物に変貌していた。
飛蝗の足を巨大化したらこのようなものに成るだろう。
節足の脚部がもたらすとのは圧倒的な跳躍力。
「だから、止めたのに……」
水槽の中から怪人が悲しげに言う。
「やっぱ、剥製のタカとかトラの毛皮とかイナゴの佃煮で作った○メダルじゃこんなものでしょうか?」
総額3万円という超手抜き変身ベルト。
そのベルトの効果により火野カガリは頭ががタカの顔、体がトラの肉体に、脚が飛蝗の物に変わっていた。
それは誰も見たことのない奇怪で珍妙な生物だった。
あえて言うなら怪人タトバ。
野生の動物の身体を人間サイズにして無理やりくっつけたかのような悪の怪人そのものだった。
次回、 とあるオトコノコ達の願い これはバレットの苦難